Your browser (Internet Explorer 7 or lower) is out of date. It has known security flaws and may not display all features of this and other websites. Learn how to update your browser.

X

Navigate / search

アルナーチャラ

アルナーチャラ:世界の霊的センター

インドの各地にある霊的な聖地は、それぞれの特質と伝統を備えています。その中でも儀式や形式を超え、沈黙をその門とする最も直接的な真我探究の道を代表する聖地がティルヴァンナーマライです。「チダンバラムを見ること、ティルヴァルールで生まれること、ヴァーラーナシーで死ぬこと、あるいはアルナーチャラを想うことが、解脱を保証する」という古(いにしえ)のタミルの諺(ことわざ)があります。「アルナーチャラを想うこと」とあるのは、直接的な道にとって物理的な接触は必要ないからです。それゆえ、マハルシがティルヴァンナーマライと聖なるアルナーチャラの丘を我が家としたことは偶然ではなかったのです。

自発的に、即座に起こった真我探究によってマハルシが真我を実現したのは、彼がまだ16歳のときでした。マハルシは家を出てサードゥとしてアルナーチャラへと向いました。そして生涯そこを離れることはなかったのです。ティルヴァンナーマライに到着してから50年経って、彼が身体を離れたそのとき、巨大な流れ星のようなものが輝く尾を引きながらゆっくりと空を横切って、聖なる丘アルナーチャラの頂上の背後へと消えていったのが見られました。これは彼のアルナーチャラに対する帰依心だけではなく、彼がアルナーチャラと一つだということを表しています。彼の著作、彼の言葉、彼の生涯は、アルナーチャラの霊的なセンターとしての重要性をふたたび高名にしました。マハルシはアルナーチャラを世界の霊的ハートだと宣言しています。アルナとは「赤く輝く炎」を意味します。それは単に熱を発する火を表しているのではありません。むしろそれはジュニャーナ・アグニ、つまり熱でも冷気でもない「叡知の炎」を意味しているのです。アチャラは丘を意味します。それゆえ、アルナーチャラは「叡知の丘」なのです。

アルナーチャラの麓にあるティルヴァンナーマライは、チェンナイから190キロメートル離れた古(いにしえ)の村で、その中心には巨大かつ壮麗なシヴァ神の寺院があります。祝祭が開かれるたびに、毎年インド中から巡礼者の群がティルヴァンナーマライを訪れます。特に11月に行われるカールティガイ(ディーパム)の祝祭では、夜になると山頂に炎が灯されます。アーシュラムにおいて行われる最も重要な祝祭は、もちろんマハルシの聖誕祭(ジャヤンティ)と涅槃祭(アーラーダナ)で、それらはそれぞれ冬至と春分に当たります。

最も直接的な真我探究の道を代表するティルヴァンナーマライではあっても、インドで最も有名な聖地だというわけではありません。直接的な道が最も人気を持つということはありえないからです。それは他の道よりも厳しく、それゆえ、大勢よりも少数の勇敢な探究者にこそふさわしいと言えるでしょう。実際、真我探究の方法は過去数世紀の間にほとんど影を潜めてしまいました。それにふたたび陽の目を当てたのはマハルシでした。彼は彼の教えと恩寵によって真我探究を世界中のすべての探究者に通用するように、より直接的でシンプルな形にしたのです。

丘の起源について語られた古代の伝説があります。あるときヴィシュヌ神とブラフマー神は、二人のうちどちらがより偉大かという口論に陥りました。彼らの争いが地上に大混乱をもたらしたため、神々はシヴァ神に二人の争いを仲裁してほしいと懇願したのでした。シヴァ神はそのため自分の姿を光の柱に変えると、あなたがたのうち、この柱の先端を先に見いだした者がより偉大であると彼らに告げました。ヴィシュヌ神は猪の姿をとり、光の柱の底を見つけるために大地を掘り進んでいきました。ブラフマー神は白鳥の姿をとって舞い上がり、その頂点を探しに行きました。ヴィシュヌ神は結局柱の底を見いだせませんでしたが、すべての生けるもののハートの中に息づく至高の光を彼自身の内に見いだし、瞑想に我を忘れました。そして彼は自分の身体も、自分が探していたということさえも忘れてしまったのです。一方、ブラフマー神は旋回しながら落ちてくる花びらを見て、だまし勝ちしようと、それを持って戻り、その花びらを光の柱の頂上で引き抜いてきたと宣言したのでした。

ヴィシュヌ神は負けを認め、シヴァ神を讃えて祈りました。「あなたは真我の知識、あなたはオーム、あなたはすべての始まりと中間と終わりです。あなたはすべてを照らすすべてです」。シヴァ神はヴィシュヌ神こそが偉大だと申し渡し、一方、ブラフマー神は恥じ入って自分の誤りを告白したのでした。

この伝説では、ヴィシュヌ神は自我を、ブラフマー神は知性を、そしてシヴァ神はアートマンつまり真我を象徴しています。

 

リンガムすなわち光の柱では人々の目にあまりにも眩(まぶ)しすぎるため、シヴァ神は代わりに自分自身をアルナーチャラとして現しました。「月が太陽からその光を得ているように、他の聖地もアルナーチャラから神聖さを得るだろう。私を礼拝し、光明を得ることを願う者たちへの恩恵として、私はこの姿をとった。アルナーチャラはオームそのものだ。毎年、カールティカイには平和をもたらすかがり火として、私はこの丘の頂上に姿を現すだろう」。これはアルナーチャラの神聖さだけを物語るものではなく、アルナーチャラが中心となるアドヴァイタ教義と真我探求の方法がいかに卓越しているかをも表しています。「最終的には、誰もがアルナーチャラに来なければならない」というシュリー・バガヴァーンの言葉によって、このことが理解できるでしょう。

ギリプラダクシナ

アルナーチャラの周りを回ること(ギリプラダクシナ)は人生におけるすべての不幸と病の万能薬だと言われてきました。マハルシはすべての帰依者にアルナーチャラの周囲14キロメートルを巡ることを奨励しました。たとえその人が虚弱な人であってもです。彼はギリプラダクシナの霊的恩恵が身体的ハンディキャップを遥かに上回ることを確信していたからです。『アルナーチャラ・プラーナム』はこのギリプラダクシナの偉大さについて詳しく述べています。

ナンディケーシャがギリプラダクシナの偉大さについてサダーシヴァに尋ねました。サダーシヴァは次のように解説しています。「この丘を巡ることは良いことだ。「プラダクシナ」という言葉には特別な意味がある。『プラ』はあらゆる罪を拭い去るという意味があり、『ダ』にはすべての望みをかなえるという意味がある。『クシ』とは再生からの解放を意味している。『ナ』とはジュニャーナによる解脱の保証を意味している。丘を回るときはマウナ(沈黙)あるいはディヤーナ(瞑想)あるいはジャパ(称名)またはバジャン(賛歌)をすることで絶えず神のことだけを想い、そして9ヶ月の妊婦のようにゆっくりと歩くべきである」。

あるとき、マハルシはギリプラダクシナの恩恵についてこう語りました。「プラダクシナによって得られる喜びと幸福感は言葉に表せません。身体は疲れ、感覚器官は力を失い、すべての活力は内面に吸収されます。こうして自己を忘れることが可能となり、瞑想状態に入っていくのです。歩き続けるにつれて、身体は自動的に瞑想で座るときのような調和の状態になります。それゆえ健康も改善されるのです。この丘には数多くの薬草が生い茂っています。これらの薬草から放たれる空気は肺に良いのです。
歩くことによって巡礼者は真我に没入し、神以外のことは考えられなくなります。ギリプラダクシナをすると身体が軽くなり、歩行はひとりでに起こり、歩いているという感覚はなくなるでしょう。座ることによっても得ることのできない瞑想が、プラダクシナに行けば自然に手に入るのです。たとえ歩くことが難しい人にとっても、ひとたび行けば何度も何度も行きたいと感じるようになります。行けば行くほどより熱心になり、熱が冷めることはけっしてありません。ひとたびプラダクシナの喜びにとりつかれれば、やめることなどできなくなるのです」。

近年では、数万人の巡礼者たちが満月の夜(プールニマー)にプラダクシナをするようになりました。毎日プラダクシナを続けている帰依者も少なくありません。マハルシは丘の周りを一日、あるいは数日、ときには一週間もかけて回ることがありました。しかし1926年、マハルシはプラダクシナをすることが訪問者たちの都合にあわないことを理由にこの習慣を止めてしまいました。以前のマハルシは丘中を歩き回り、彼が足を踏み入れたことのない場所はなかったと語っています。

マハルシが書いた『アルナーチャラへの五つの賛歌』は、愛するアルナーチャラと永遠に結ばれた賢者の霊的ハートの歓喜のほとばしりです。この詩の一節一節には、道への導きと計り知れない霊的感応が表されています。

私が形あるものと見なしてあなたに近づくとき、あなたはひとつの丘としてこの大地に立つ。形のないあなたの形を探す人は、虚空を探し求めて地上を旅する人のようなものである。想いなしにあなたの本性に黙想することは、大海に沈む砂糖の人形のように分離した自己同一性を失うようなものである。私とは誰かを実現したとき、私のアイデンティティはあなた以外の何だというのか? ああ、アルナの丘としてそびえ立つあなたよ!(『シュリー・アルナーチャラへの八連の詩』第3節)