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アルナーチャラからの招き

アルナーチャラからの招き  The Call of Arunachala

ヴェンカタラーマンの兄は、彼に大きな変化が起こったことに気づいていました。何度か兄は彼の無関心とヨーギのような態度に対して怒りを表しました。そして偉大な体験が起こった6週間の後、危機は訪れました。それは1896年8月29日のことです。ヴェンカタラーマンの英語の教師は、勉学に対する彼の無関心な態度に対してベインの文法のレッスンを三回書き写すという宿題を与えました。それを二回書き写し、三回目を書きはじめようとしたところで、そのあまりの無価値さが彼を不意打ちにしました。本と用紙をわきに押しやり、足を交差させて坐ると、彼は瞑想の中に没入していきました。これを見ていた兄は痛烈に批判して言いました。「お前のような者にこれらすべてが何の役に立つというのか?」。これは明らかに勉学を怠るような世俗離れしたヴェンカタラーマンの態度を叱ったのです。ヴェンカタラーマンは答えませんでした。勉強する振りをして、以前の自分を装うのはもはや無意味だと彼自身認めたからです。彼は家を出ようと決心しました。彼の行くべきところ、それはアルナーチャラのあるティルヴァンナーマライです。しかし、もし彼がこのことを兄に伝えたなら、許してはもらえなかったでしょう。そこで、彼は策略を使いました。彼は兄に午後の特別授業に行くと伝えたのです。兄は「それなら一階にある箱から5ルピーを取って、途中私の大学に寄って学費を払ってきてくれ」と頼みました。ヴェンカタラーマンが1階に行くと、叔母が食事を作ってくれました。そして5ルピーを彼に手渡したのです。家にあった地図を開き、ティルヴァンナーマライに一番近い駅、ティンディヴァナムの名を書き取りました。しかし実際には、ティルヴァンナーマライまで行く新しい路線がすでに敷かれていたのでした。地図が古いものだったため、その路線は描かれていなかったのです。ヴェンカタラーマンは旅に必要な額である3ルピーを取ると、手紙と残りの額を兄が見つけやすいところにおいてティルヴァンナーマライへと旅立ちました。以下は彼が書いた置き手紙の内容です。

「私は彼の命令に従って、ここから私の『父』を探しに行きます。『これ』はただ高潔な計画に乗りだすのです。それゆえ、この行為について誰も嘆き悲しむ必要はありません。『これ』を追跡するために、お金を使う必要はありません。あなたの大学の学費は支払われていません。2ルピーはここに同封します。

ヴェンカタラーマンは手紙にサインしませんでした。その代わりに、四本の短い線を描いて手紙を完結させたのです。

ヴェンカタラーマンの家族には世代ごとに子孫の一人が放浪僧となるという呪い(実のところ、それは祝福だったのですが)がかけられていました。その昔、一人の放浪僧がヴェンカタラーマンの先祖の一人の家に托鉢に来たとき追い返されてしまいました。この呪いは、そのときにかけられたものだったのです。彼の父親であるスンダラム・アイヤールの父方の叔父はサンニャーシーになり、兄もサンニャーシーになりました。そして今、ヴェンカタラーマンの番となったのです。ヴェンカタラーマンのハートには完全な無執着が宿っていました。彼は叔父の家を出ると宇宙を我が家としたのです。

マドゥライからティルヴァンナーマライまでの旅は勇壮な出来事でした。午後に叔父の家を出ると、彼は駅までの1キロメートルを歩いていきました。幸運にも列車は時間に遅れていました。さもなければ、彼は乗り遅れていたでしょう。料金表を見ると、ティンディヴァナム行きの3等席は2ルピーと13アンナでした。切符を買うと、彼は残金の3アンナを手にしました。もし彼がティルヴァンナーマライ行きの路線があることを知って料金表を見たなら、それが正確に3ルピーであったことに気づいたでしょう。

列車が到着するなり、彼は即座に乗り込み、席に着きました。そのとき、一人で旅をしていた白髭のモールヴィ(イスラム教徒の学者)が彼に語りかけました。ヴェンカタラーマンは彼からティルヴァンナーマライ行きの路線があることを知らされ、ティンディヴァナムに行く必要はなく、ヴィルプラムで列車を乗り換えることができることが分かったのです。この情報は大きな助けとなりました。

ティルチラッパリに列車が到着したときには夕方になっていました。空腹を感じた彼は2アンナで梨を買うと、一口食べただけで不思議にも空腹は満たされてしまいました。列車は早朝3時にヴィルプラムに到着しました。ヴェンカタラーマンはそこで列車を降りて、そこからティルヴァンナーマライまで歩いて旅するつもりでした。夜が明ける頃、彼は町の中を歩き、ティルヴァンナーマライを示すサインを探しました。そこでマンバラパットゥのサインを見ましたが、そのときの彼はマンバラパットゥがティルヴァンナーマライへの途上にある町だとは知らなかったのです。どの道を行けばよいかを探し出そうとする前に、疲れと空腹を癒すことにしました。食堂に行くと食事を注文しましたが、食事は午後になるまで待たなければなりませんでした。食事が済んで2アンナを支払おうとすると、食堂の店主が彼にいくら持っているのかと尋ねました。ヴェンカタラーマンが2アンナ半しか持っていないことを知ると、店主はお金を受け取ろうとしませんでした。マンバラパットゥがティルヴァンナーマライへの途上にある町であることを知ったのは、この店主からです。ヴェンカタラーマンはヴィルプラムの駅に戻り、残りのお金を使ってマンバラパットゥ行きの切符を買いました。

列車がマンバラパットゥに到着したのは午後でした。彼はそこからティルヴァンナーマライまで歩きはじめました。16キロメートルほど歩いたときには、すでに夜が更けていました。そこには巨大な岩の上に建てられたアラヤニナルールの寺院がそびえていました。彼はそこへ行き、扉が開かれるのを待ちました。そして柱廊の中に入って座るやいなや、寺院全体が眩(まばゆ)い光で満ちあふれているヴィジョンを見たのでした。それは物理的な光ではありませんでした。その光はしばらく輝き、そして消え去ったのです。ヴェンカタラーマンは深い瞑想に没入したままでした。寺院の神官たちが来て彼を起こすと、扉を閉めだしました。彼らはそこから3キロメートル離れた別の寺院に奉仕に行くところでした。ヴェンカタラーマンは彼らに着いて行きました。寺院の中に入ると、彼はふたたびサマーディの中へと没入していきました。神官たちは仕事を終えると彼を起こしましたが、彼に食事を与えようとはしませんでした。神官たちの不親切な態度を見ていた寺院の太鼓奏者は、この見知らぬ少年に何か食べ物を与えてやってほしいと彼らに頼みました。ヴェンカタラーマンが水を求めると、彼らは離れたところにあるシャーストリの家に行くよう伝えました。しかしその家に着く前に、彼は意識を失って倒れてしまいました。数分後に眼を開けると、人の群れが彼のことを興味津々と見つめているのが見えました。水をいくらかのみ、わずかな食べ物を口に入れた後、彼はその場に横たわって眠ってしまいました。

彼が眼を覚ました翌朝の1896年8月31日はクリシュナの誕生日、ゴークルアシュタミでした。ヴェンカタラーマンはふたたび旅を続け、かなりの距離を歩き、空腹と疲労を感じていました。そこで列車でティルヴァンナーマライまで行く前に、まず何か食べようと思いました。そのとき、つけていた金の耳飾りを売って必要なお金をまかなおうという考えが彼に起こります。しかしいったいどうやって? 彼はある家に行くと、その前に立ちました。そこはムトゥクリシュナ・バガヴァタールの家でした。彼はバガヴァタールに食べ物を分けてほしいと頼みました。すると彼の妹のところへ行くように言われました。善良なその女性は、シュリー・クリシュナの誕生日という幸運な日に現れた若いサードゥに食事を捧げることをとても喜びました。食事が済むと、ヴェンカタラーマンはふたたびバガヴァタールのところへ行き、耳飾りを質に置く代わりに巡礼に必要な4ルピーを借りられないかと尋ねました。その耳飾りには20ルピーの価値がありました。しかし、彼にとってそれほどの金額は必要なかったのです。バガヴァタールは耳飾りを調べ、彼が望んだ額を与えました。そして若者の住所を書き取り、いつでも耳飾りを取りに来なさいと言いました。ヴェンカタラーマンはバガヴァタールの家で昼食を取りました。善良な女性はゴークラシュタミのために用意したお菓子を紙に包むと彼に手渡しました。ヴェンカタラーマンは夫婦のもとを去ると、バガヴァタールがくれた彼の住所を書いた紙を破り捨てました。耳飾りを取り戻そうなどとは思ってもいなかったからです。それから鉄道の駅まで歩いていきました。列車は次の朝までなかったので、彼は夜をそこで過ごしました。

1896年9月1日の朝、彼はティルヴァンナーマライに向かう列車に乗り込みました。まもなくして到着すると、列車を飛び降りてアルナーチャレーシュワラ大寺院へと急ぎました。寺院の扉はすべて開かれていました。最奥の神殿の扉さえも。寺院の中は空っぽで神官さえいませんでした。ヴェンカタラーマンは最奥の神殿に入り、父であるアルナーチャレーシュワラの前に立つと、エクスタシーと言葉にならないほどの歓喜に満たされました。こうして壮大な旅は終わりを告げました。船は無事に港に到着したのです。

ラマナの残りの生涯は、ティルヴァンナーマライで過ごされました。ラマナが正式にサンニャーシーとして入門することはありませんでした。彼が大寺院を出て町の通りを歩いていると、誰かが「髪を切らないか?」と声をかけました。彼はそれを喜んで受け入れ、アヤンクラムの沐浴場の床屋で頭を剃ってもらったのでした。そして沐浴場の階段に立つと、彼はそこから手元に残っていたお金をすべて投げ捨てました。バガヴァタールの妻からもらったお菓子の包みも投げ捨て、最後にはブラーフマナ階級のしるしとして肩にかけていた神聖な紐も投げ捨てました。彼は自分の身体を入浴して清めようという贅沢な考えさえ持っていませんでした。ところが、彼が寺院に戻ってきたとき、すぐさま激しい雨が短い間降り注いだのです。こうして彼は寺院に入る前に沐浴をすませたのでした。